ロンドン蒸溜所めぐりの最終回は、ノッティングヒルのポートベローロードにある「ジンの学校」、ジンスティテュート(Ginstitute)。ジンの講義とボタニカルのテイスティングを受けたあと、自分だけのオリジナルジンをブレンドして持ち帰れる場所です。

体験の流れ(バー2階の小さなジン資料館、20種のボタニカル講義、悶絶必至のアスパラガスのジン)は拙著『Gin ジンのすべて』(旭屋出版)のロンドンジンの章に書いたとおりです。ところが本では、紙幅の都合でいちばん大事なものが載せられませんでした。卒業制作、「Rocky’s Gin」のその後です。今日はその話をします。

30秒でわかるジンスティテュート

  • 場所はポートベロースターバーの2階。バーのマスターのジン好きが高じて生まれた蒸溜所兼「ジンの教室」
  • ここの「Portobello Road No.171 Gin」は国際コンペ金賞の実力派
  • 講義+ブレンド体験で当時£100。お土産にNo.171と自作ジンを1本ずつ持ち帰れる
  • 会話はネイティブ速度。体験記の完全版は拙著『Gin ジンのすべて』Chapter 04に収録

アルバムから

ロンドン・ポートベローロードの市場。果物の露店が並ぶ
ポートベローロードの市場。この果物の山の先に、ジンの学校がある(筆者撮影)

会場に向かう道すがらの市場。果物、雑貨、アンティーク。約1km続く露店の賑わいを抜けてバーに辿り着く道のりも、この体験の一部だと思っています。いま見返すと、露店の果物の色彩がそのままジンのボタニカルの多彩さの予告編のようで、我ながらいい一枚です。

ジンスティテュートの古酒展示棚。オールドトムジンの古瓶と古書が並ぶ
2階の展示棚。オールドトムジンの古瓶と古書が並ぶ(筆者撮影)

会場の2階は、壁じゅうが古いジンの空き瓶と古書。オーナーが集めたコレクションで、ちょっとした博物館の趣です(この収集の愉快ないきさつは本のほうでどうぞ)。

ジンスティテュートに展示されたヴィンテージのジンボトル。古いプリマスやビーフィーターのラベル
ヴィンテージボトルの棚。いまも現役の銘柄の、昔の顔が見られる(筆者撮影)

棚をよく見ると、プリマスやビーフィーターなど、いまも酒屋で会える銘柄の古いボトルが並んでいます。ラベルの意匠の移り変わりを追うだけでも、しばらく時間が溶けます。

ジンスティテュートのブレンド作業台。メスシリンダーと漬け込み中のボタニカル
ブレンドの作業台。メスシリンダーに古い琺瑯看板、実験室と骨董屋の中間のような空間(筆者撮影)

ブレンドルームの作業台。医学部の実験実習で見たようなメスシリンダーが並ぶ横に、ジュニパーベリーの漬かった容器と年代物の琺瑯看板。「科学」と「骨董」が同居するこの眺めこそ、ジンという酒の性格そのものだと思います。レシピは化学、物語は歴史なのです。

本に載せなかった卒業制作「Rocky’s Gin」

ジンスティテュートでブレンドしたオリジナルジン「Rocky's Gin」のボトル。手書きのラベル付き
完成した「Rocky’s Gin」42度。ラベルのBLENDED BY欄に名前と日付が手書きで入る(筆者撮影)

20種のボタニカルを学んだあと、いよいよ配合を決めます。筆者が狙ったのは「花束のようなジン」。当時、バラを使ったジンなど花系ボタニカルの新作が世界的に増え始めていて、だったら花を重ねてしまえと考えたわけです。

組み立てはこうです。

  • 主役の花:バラ+ラベンダー(香りの核。ラベンダーがよく立つ)
  • スパイス:ピンクペッパー(単体テイスティングで香りに一目惚れ)
  • 柑橘:オレンジピール(レモンより甘い香りで、花に寄り添う)
  • まとめ役:リコリス(「このままだと尖りすぎる」というインストラクターの助言で追加。丸みが出た)

できあがった42度の「Rocky’s Gin」は、甘やかな口当たりのあとにラベンダーがふわりと立ち上る、我ながら上出来の一本になりました。

ジンスティテュートの棚に並ぶ完成したオリジナルジンのボトルと銀のパンチボウル
完成を待つボトルたちと銀のパンチボウル(筆者撮影)

部屋の隅には、受講生たちのボトルがずらり。同じ「Portobello Road」のラベルなのに、中身はひとつとして同じレシピがない。この棚の眺めが、ジンというお酒の自由さをそのまま表している気がします。

後日談があります。帰国後、このボトルをジンの飲み比べ会に持ち込みました。名だたる市販ジンに混ぜて素性を明かさず出したところ、「フィーバーツリー+ピンクグレープフルーツのジントニックにすると女子ウケNo.1」との講評をいただき、平均点はなんと本家No.171ジン超え。もちろん身内の会ですから話半分に聞いてほしいのですが、素人のブレンドでも、設計図(主役の香り+支える脇役+まとめ役)さえ筋が通っていれば戦える。これはボタニカルを考えるうえで、いまも筆者の自信になっている経験です。

ブレンドから学んだ、家飲みにも効く3つのこと

  • 香りの主役は1〜2つに絞る。あれもこれも入れると、何の香りでもなくなる(ジン選びで迷ったときも「主役のボタニカルは何か」を見ると外しにくい)
  • 甘み担当がいると全体が丸くなる。リコリスの一手はまさにこれ。市販のジンの「飲みやすさ」の裏にも、たいてい甘み系ボタニカルがいる
  • ガーニッシュはブレンドの延長。Rocky’s Ginにピンクグレープフルーツが合ったように、ジンの設計に寄り添う柑橘を選ぶと一杯が完成する

あれから10年、2026年のいま思うこと

うれしいことに、いまは日本国内でもオリジナルジンのブレンドや蒸溜を体験できる蒸溜所が少しずつ増えました。10年前は飛行機に乗らなければ叶わなかった「ジンは自分で作れる」という体験が、週末の小旅行で手に届くようになった。これはジン好きにとって、この10年でいちばん幸せな変化のひとつだと思います。

ちなみにRocky’s Ginの中身はとうに空になりましたが、手書きラベルの空き瓶は、いまも筆者の棚で標本のように鎮座しています。中身より長持ちする思い出、というのもあるのです。

フォトギャラリー

本文に載せきれなかった写真を、まとめてどうぞ(すべて筆者撮影)。


バー2階のジン資料館、20種のボタニカル講義、アスパラガスのジンの悶絶。体験記の完全版は拙著『Gin ジンのすべて』(旭屋出版)Chapter 04でどうぞ。書籍の詳細はプロフィールへ。

ロンドン蒸溜所めぐり3部作、「ビーフィーター編」「シティ・オブ・ロンドン編」もあわせてどうぞ。ジンの基礎は「ジンとはどんなお酒?」で解説しています。